原告団
私も原告です
佐原若子(核燃サイクル阻止1万人訴訟原告団副代表)
私はウラン濃縮の時から原告です。スリーマイル島の事故があり、高木仁三郎先生の講演を何度も聞きました。「チャイナシンドローム」という映画をみたり、広瀬隆さんの「ジョン・ウエインはなぜ死んだか」にとても興味を覚えました。チェルノブイリ原発事故のあと、原告団が設立されたことを知り、「これは大切」と思って原告になりました。裁判には、第1回のウラン濃縮の弁論から参加しています。途中子育てもあって、なかなか傍聴できない時もありましたが、マインドはずっと変わっていません。古希をむかえ、心臓のバイパス手術をうけましたが、新しい心臓をもらったつもりで頑張っていきたいと思います。
フランスのラ・アーグ再処理工場の現地に行ったとき、「あなたたちのせいで、ラ・アーグの子ども達は白血病になった」と言われたことがあります。その時、はたと気がつきました。「そうだよね。日本のエネルギーのために英仏に再処理を頼んでいる。私たちはあまりにも無頓着だった。ボーッとしていた罪はあるな〜」とその時反省しました。
日本のエネルギー政策、原子力政策、核燃料サイクルは間違っています。六ヶ所の問題は、全国レベルの運動になりえると思うので、日本中の人々や団体と手をつないで、もっともっと運動を盛り上げていきたいと思います。
三笠朋子(八戸市在住)
私は1986年、チョルノービリ原発事故の一週間後に青森県民になりました。一人目がお腹にいる時に連れ合いが買ってきたのが、広瀬隆氏の「危険な話」。六ヶ所に核の施設が計画され、村の人たちが反対して、漁協組合では大揉めしている様子が、TVに映し出されていました。こんな危険な施設を作って、子供たちに負の遺産を残すなんて!豊かな農産・水産物に恵まれ、自然豊かな青森県を壊すなんて!それから4人の子宝に恵まれて、子連れでデモに参加したり、1998年フランスで開催された「再処理工場周辺に住む女性たちの交流会」にも参加させて頂きました。しかし、それから再処理工場は稼働できないまま時は流れ、想像もしてなかった3・11の過酷事故が起こってもなお、電力不足にかこつけ原発再稼働を唱える人たちがいる現実。六ヶ所で必死に反対してきた方々も、一人二人と亡くなり、反対運動してきた仲間たちも白髪が目立ってきました。
一番の問題は、若い人たちに、私たちの思いを繋いでこられなかったことと感じています。集会でも、年寄りばかりで、この先どうなっていくのだろうかと不安になってくる。しかし最近思うことは、若い人たちは私たちとは違う視点で、考えてくれているかもということ。昔からのやり方ではない方法で考え、行動してくれているかもしれないと。私たちも、もっと頭を柔軟にして、視野を広げ、色んな人たちにアクセスしていく術を見つけていきたいと思っています。そして楽しく、緩くつながっていきたいものです。
高木久仁子(高木基金代表理事)
1990年につれあいの高木仁三郎は『核燃料サイクル施設批判』のまえがきに「青森県六ケ所村で建設・計画が進行中の核燃料サイクル基地は、その巨大な放射能・核物質の集中において世界有数のものといえます。…この計画がその通り進行すれば、必ずや大惨劇がもたらされると確信せざるを得ません。…命を愛するすべての人々が力を合わせて、この無謀な計画を阻止しなくてはならない」と書きました。六ヶ所再処理工場は、1993年着工以来すでに25回も完成を延期。彼は2000年に逝きましたが、2016年には高速増殖炉もんじゅが廃炉へ、すでに核燃料サイクル計画は破綻しています。安全、技術、エネルギー面から、平時の施設での事故はもとより、地震・津波・噴火などの自然災害、航空機落下事故、戦時のウクライナ原発の状況や、北朝鮮のミサイル発射をみても、その危うさは明らかです。現実を直視し、核燃料サイクル政策を撤回、工事を中止し、核エネルギー依存から脱し、いまこそ残された大量の核廃棄物の少しでもましな後始末へ力を注がなければならない時です。
吉田 毅(十和田市在住)
1943年生まれの道産子で、十和田市育ち。1973年に「公害の未然防止を」と県庁へ就職。
ところが、1984年に広瀬隆さんの本で、イギリスのウインズケール再処理工場周辺で小児白血病が通常の10倍近く発生していることを知って強い衝撃を受ける。すぐ八戸市の「死の灰を拒否する会」(浅石紘爾代表世話人)に入れてもらって、それから仲間たちと核燃サイクル基地の立地反対運動へと。
竹内知事の「むつ小川原開発計画」に対し、社会党の米内山代議士は「いい娘がいるとあまり宣伝すると〝与太者〟が来るかもしれない!」と警鐘し、1979年から10年間「米内山訴訟」で開発計画の欺瞞を追及した。
しかし、1985年4月9日、次の北村知事は事前のアセスも行わず、米軍三沢基地の近く・六ヶ所村にその〝与太者〟の参入を受諾した。
私にとって「核燃裁判」は先の「米内山訴訟」の意思の引継ぎのつもりであり、子どもたちに負の遺産を残さないための闘いでもある。
池島芙紀子(ストップ・ザ・もんじゅ、代表)
初めて、核燃サイクルの危険性を知ったのは、40年前。高木仁三郎さんの本を読み、広瀬隆さんの講演で、再処理の恐ろしさに身震いしました。六ヶ所泊漁港の闘いを応援に行き、札束で二分された推進派と反対派の漁民達の激しい対立の姿に泣きました。その後、敦賀でもんじゅの建設現場を眺めて、もんじゅと再処理を止めようと固く決心。以来、考えられるありとあらゆる取り組みを続けました。そして2016年、もんじゅは遂に廃炉に。今は、最も危険な再処理を止めるため、ドキュメンタリー映画「カタストロフィ」を作り、日本の破滅を防ぐため、全力を上げている所です。新しく、原告団に加えて頂き、ありがとうございます。
井上年弘(原水禁スタッフ)
私と下北の付付き合いは、ちょうど六ヶ所村へ核燃料サイクルの話が持ち上がった84年ごろだったと思います。初めて下北半島・六ヶ所村を訪れ、以後今日まで続いています。その中で原告団にも加わりました。当時は、東京で「下北を原子力半島にするな!東京連絡会」をつくり運動していました。
その後、縁があって原水爆禁止日本国民会議の事務局に籍を置き、反核燃の日行動などを現地・青森の皆さんと運動を続けてきました。現在、「止めよう再処理!首都圏市民のつどい」を結成し、2004年12月から毎月第4週曜日にニュースを発行し、全国会議員への配布や経済産業省前での宣伝活動を行い、銀座や渋谷、浅草での定例デモなどを行っています。
遠藤順子(医師)
9月12日の朝日新聞青森版に「六ヶ所村 実は遺跡の宝庫」という記事が載りました。六ヶ所村にはたくさんの縄文遺跡があることを知ってはいましたが、「残っている遺跡の大部分は未調査の状態…本格的な調査をすれば多くの貴重な資料が出てくる可能性が高い」ということを知り、ビックリしました。核燃サイクルはやめて、縄文遺跡発掘で村おこしをしたらどうでしょうか。もしかしたら、新発見の土偶が発掘されるかもしれません。ワクワクします。
大竹 進(医師)
下北半島のむつ湾側にある佐井村は、江戸時代から北前船が往来し文化と経済の中心だった。お金が地域を変え、隣の大間町に原発が建設されている。北前船で栄えた北海道の寿都町も核のゴミで揺れている。
江戸時代から診療所があったが平成になり無医村になった。村民の希望に押されて村に診療所を開設し2年が過ぎた。「土の人」は、「風の人」を温かく迎えてくれ、「脱成長コミュニズム」が実現できる要素はそろっている。原発マネーに頼らない持続可能な地域をめざしたい。
鎌田 慧
「現代無責任政治の象徴ー六ヶ所村核燃料再処理工場ー」
現代三大虚大建設物は、東海のリニアモーター、沖縄辺野古の米軍新基地、そして青森県の核燃料サイクルである。三つともに巨額な資金の浪費であり、完成前からすでに極端な環境破壊工事で、環境への悪影響はすでにはじまっている。そして、完成の見通しは暗い。六ヶ所核燃料再処理工場は、安全性、経済性、技術的にもすでに破綻した。存続は原発社会の延命のための偽りのプロパガンダにすぎない。速やかな廃止こそが政府の責任だ。
河合弘之(弁護士)
「六ヶ所再処理工場こそ反原発の肝だ」
全量再処理→高速増殖炉によるプルトニウム増殖→永久燃料という核燃料サイクルは政府が原発を始めたときからの政策です。高速増殖炉もんじゅの廃炉が決まったあとも、「プルサーマルで小さなサイクルなら回せる」と屁理屈で粘っています。そして再処理工場を死守しようとしています。そうです、原子力ムラにとってはそれほど重要なのです。再処理工場がなくなれば核燃料サイクル=原発の大義名文はなくなるからです。それに着目して三十年前から頑張っている核燃サイクル阻止1万人訴訟の原告団・弁護団はすごいです。新たに訴訟を追加提起したのも英断です。
「原子力行政を問い直す宗教者の会」の人達も東京地裁に民事の差止訴訟を起こしました。私が弁護団長をしています。三十年も先行する皆様方に敬意を表しつつ、違った観点(「生命をつなぐ権利」「分かりやすい地震論」)と手法(行政訴訟でなく民事訴訟)で戦います。
自民党の河野太郎代議士も再処理反対の立場からの原発反対を貫いています。味方は保守勢力の中にも実はたくさんいます。
勇気をもって原発・核燃料サイクルの息の根を止める日まで頑張りましょう。
マシオン恵美香(核ゴミ研究会、ベクレルフリー北海道代表)
核ゴミ最終処分地選定問題に揺れる北海道沿岸地域に住んでいます。
原子力が生んだあらゆる区分の放射性廃棄物の最終処分のみならず、全国に現在ある原発や下北半島の核関連施設に保管されている使用済核燃料が心配です。安定保管を急ぐ必要があると考えます。
住民の命と健康を脅かし、違憲状態で進められている原子力事業は裁判で終止符を!
Copyright ©核燃サイクル阻止1万人訴訟原告団 All rights reserved.